「でんでんむしの かなしみ」
新美南吉 作/井上ゆかり 絵
にっけん教育出版社



新美南吉さんでは、「ごんぎつね」があると思う。

日本の童話は、あまりしらなくて、
「ごんぎつね」や、「てぶくろを買いに」
も、きちんと読んだり覚えたりしていない。

前にやっと、浜田廣介「ないた赤おに」 「りゅうの目のなみだ」を読んだ。

浜田廣介と新美南吉の区別すらついていない自分だけど{/大汗/}、
「ごんぎつね」は読みたいと思っている。

「でんでんむしのかなしみ」は、そんな中で題名くらいは知り、
今回、読むことができた。
絵本になっているものを読みました。

開いてみますと、
「いっぴきの でんでんむしが ありました。」(p.2)

と、単語ごとに区切られた、文章がならんでいます。

無駄な言葉はありません。
単刀直入に、語られる言葉が、かなしいけれど、美しい。

次のページに行くと、その悲しみの深さにショックを感じる言葉が。

それにしても、自分を
「ふしあわせな もの」(p.6)
というでんでんむし。
かなしみを持っていること、ふしあわせ ということが
イコールとして結びつかないものを感じるのだけれど。

からのなかにかなしみがある、というでんでんむしに対し、
おともだちは 自分もせなかにかなしみがあるという。

悲しみがせなかにあるという感覚は、私たち人間も、共感できることではないだろうか?

 

この本にはもう一遍、「きょねんの木」という話が入っている。

また違うけれど、アンデルセンの「もみの木」という話を思い出しました。
(でもあちらの話は悲しいし少しこわい。)
(参考:HPの『アンデルセン童話全集2』の感想