ゆきて帰りし道で

映画と、児童文学と、絵本 etc.

他ブログから引っ越してきました。 まだ体裁やリンクが不完全です。内部リンク切れしています。

絵本(日本の絵本)

「ちいさな ねこ」
石井桃子 作/横内 襄 絵/
福音館書店



石井桃子さんの絵本です。
石井桃子さんの本は、おもに翻訳のほうが心に浮かぶのです。
絵本の文も書いていらっしゃるのですね。

絵のこねこが、とにかくかわいいです。
見てて、<かわいい~。きゃー、きゃー{/複数ハート/}>と読んでいました。

かなり昔の絵本なので、
人間のこどもの服や髪型、車の絵などが古っぽい雰囲気なのは否めません。
しかし猫のかわいさは、いつの時代も普遍ですからね。

「ちいさな ねこ、
おおきな へやに
ちいさな ねこ。」


ぽつんと一匹いる、こねこのたよりなげな表情。真っ白な空白。
最後のページと対になっているのでしょうか。


「いちごばたけのちいさなおばあさん」
わたりむつこ 作/中谷千代子 絵
福音館書店



こどもの頃、この絵本を見て、
この、いちごばたけのおばあさんにあこがれた。

いちごに赤い色を塗るしごとに、あこがれて、
こんなふうに塗ってみたい、
こんなおばあさんになってみたい、と思っていたと思う。

大人になって、
この絵本があるということも知って、
今になって、再び読めました。

わたりむつこさんて、『はなはなみんみ物語』の人ですね。


(追記)
「はなはなみんみ物語」読みました。

「でんでんむしの かなしみ」
新美南吉 作/井上ゆかり 絵
にっけん教育出版社



新美南吉さんでは、「ごんぎつね」があると思う。

日本の童話は、あまりしらなくて、
「ごんぎつね」や、「てぶくろを買いに」
も、きちんと読んだり覚えたりしていない。

前にやっと、浜田廣介「ないた赤おに」 「りゅうの目のなみだ」を読んだ。

浜田廣介と新美南吉の区別すらついていない自分だけど{/大汗/}、
「ごんぎつね」は読みたいと思っている。

「でんでんむしのかなしみ」は、そんな中で題名くらいは知り、
今回、読むことができた。
絵本になっているものを読みました。

開いてみますと、
「いっぴきの でんでんむしが ありました。」(p.2)

と、単語ごとに区切られた、文章がならんでいます。

無駄な言葉はありません。
単刀直入に、語られる言葉が、かなしいけれど、美しい。

次のページに行くと、その悲しみの深さにショックを感じる言葉が。

それにしても、自分を
「ふしあわせな もの」(p.6)
というでんでんむし。
かなしみを持っていること、ふしあわせ ということが
イコールとして結びつかないものを感じるのだけれど。

からのなかにかなしみがある、というでんでんむしに対し、
おともだちは 自分もせなかにかなしみがあるという。

悲しみがせなかにあるという感覚は、私たち人間も、共感できることではないだろうか?

 

この本にはもう一遍、「きょねんの木」という話が入っている。

また違うけれど、アンデルセンの「もみの木」という話を思い出しました。
(でもあちらの話は悲しいし少しこわい。)
(参考:HPの『アンデルセン童話全集2』の感想

「アイウエ王とカキクケ公」
武井武雄 原案/三芳悌吉 文・絵
童心社



むかし、「アイウエ王国」という国があり、
「アイウエ王」が治めていました。
となりの国は「カキクケ公国」

そんなふうに、「あいうえ…」で言葉遊びの要素がある絵本です。

最初は、日本の絵本だし、言葉遊びもなんだか…と感じました。

でも、外国の中世ふう(?)のような世界の絵が目にとまったのと、
三芳さんの「あとがき」で、
「 なお、この絵本の風俗や背景については、ノルマン征服を描いたバイユーの「タペストリーの絵物語」(12~13世紀)および、「ペリ公の絵暦」(14~15世紀)の”ポール・ド・リンデンブルグ”と”ジャン・コローム”を参考にしました。」

とあるのが気になりました。

それは、いったいどんなもの? 気になります。

それはともかく、絵本を読んでみることに。

絵からして、「カキクケ公」はいかにも欲がふかそうな人です。

アイウエ王国のぼうさま、「サシスセ僧」
小鳥に囲まれ、温厚で質素な感じが、好きです。
アッシジの聖フランシスコを思い出します。

カキクケ公国に占領されてしまい、困った人々が集まっている絵では、
ランプの光が下からあたって、みなの顔を照らしています。
ざざっと描いただけのように見える絵なのに、光が表現できるんだな、と思います。

「ヤイユエ夜けいかく」の絵は動きがありますね。

「ハ」とか「マ」とか、それぞれの言葉の事柄を描いたページの上にある、
字を囲う四角い紋章のような小さな絵も工夫されています。
また、「ン」の言葉遊びは、考えられていますね。

その物語の世界を挟んで、最初と最後の絵は、
三芳さんが昔かよった、また「アイウエ王様」の物語に最初に出あったという、「活動写真館」の雰囲気でしょうか、
幕が開いてまた閉じる、その間の劇としての設定になっています。

「アイウエ王様」の話を絵本にしたいと思っていた三芳さんは、
のちにその話は武井武雄さんの童話が元だと知ることになり、
諒承を得て絵本をつくったそうです。

物語部分の内容や絵は外国的なのに、
日本の昔の時代の活動写真館を前後にしているところは、
あとがきを読んでいなかったら、なんだか不思議に思ったところです。

アイウエとかカキクケとか日本語の遊びがあるのに、
外国の雰囲気が味わえた絵本でした。

「かたあしだちょうのエルフ」
おのき がく 文・絵
ポプラ社



「土曜親じかん 本好きの子どもにしたいけど…」の記事書きましたが、
あの中で、視聴者のかたからの投稿みたいなので
ある人から、この絵本が挙げられていた。

この絵本の名前はきいたことあって、
いつかはなー…と頭の片隅のほうにあったかも。
よし、読もうと。

その投稿者の人の言葉の中に、「自己犠牲」、という言い方をされていた。
自己犠牲って…? かたあしだちょうというタイトルから想像されること。
どんな話だろうと読んでみたら、
(ありきたりな言い方だけど)感動です。

なんでエルフはこんなに強くやさしくなれたんだ?

だちょうのエルフは、すばらしい大きな若いだちょうです。
エルフとは、アフリカの言葉で「千」のことだそう。
千メートルもひといきで走れるんです。

エルフは心もやさしい。他の動物の子どもたちを背中にのせてくれます。

エルフがみんなを守って怪我をして、片足になったとき、
はじめのうちこそ、みんなはえさをくれたりしますが、
「 エルフは 日がたつに つれて、
 なんとなく みんなから
 わすれられて いきました。」

「なんとなく」ですよ…。
みんなも自分の家族のことでせいいっぱい。だけど、あんまり悲しい…。

エルフは今ではもう、ろくにえさも食べられず、
体はかさかさにひからびて、ハイエナにもねらわれています。
立ったまま目をつぶることしかできません。
エルフはひとつぶ涙をおとします。

さいごは、いいません。
大きな愛がまってます。

あんなにつらい目にあってなお、
自分のことを忘れてひとを助けることができたエルフの
尊さが心にしみます。


番組の中で、また他の人が挙げていた本に『ないた赤おに』がありましたが、
あちらは大泣きできる絵本、こちらも人の心の大切なというか、そういう部分に響く絵本だと思います。

(参考:『ないた赤おに』 私の読んだ、いもとようこさんの絵のもの

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