ゆきて帰りし道で

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ベオウルフ

指輪物語とオシァンの類似点についての私的考察 前編 に続き、後編です。

トールキンとオシァンについて、本題です。

この『オシァン』には、慕う男性を追い、武具を身にまとう女性が何人も出てきます。

そして、兜や武具が外れたり、女性だと気づかないので弱弱しいと非難されたりして武具をはぎ取られたりといったことがあり、そのことによって、女性だと明らかになる、という場面がたびたび描かれます。

このモチーフは、指輪物語のエオウィンを思い起こさせます。エオウィンの原点、ということを考えることは可能でしょうか?

また、息子が親より先に死ぬ、ということも、共通項として見ることができそうです。

トールキンは、オシァンから何かヒントを得た可能性はあるでしょうか?

トールキンほど伝説に詳しい人がオシァンを知らなかったということはないと考えられますが。このようなモチーフは他の神話や伝説にも見られるのか、オシァンはその一部にすぎないのか。オシァンは偽作疑惑もあったからトールキンは無視だったのか。

実はこのモチーフに思い至った時、トールキンがオシァンを読んでいたかどうかもわからず、とても稚拙なことを言っているのかもしれないと、発表するのが恥ずかしく、ためらわれました。

もちろん、今でも、なにかヒントがあればどうぞご教示ください。

ただ、その当時、ネットで相当調べましたが、このことに言及している人はいませんでした。誰もトールキンとオシァンについて、書いていなかったのです。

トールキンや神話ファンからしたら馬鹿げたことかもしれないと思いつつも、思い切ってホームページで記事にしました。それは、少し誇らしいことでもありました。

そののち、脇明子さんの『魔法ファンタジーの世界』(岩波新書)という本を読みましたところ、なんと、オシァンのこと、しかも武具の女性のモチーフ、トールキンが読んでいたのかも、ということが書かれているではありませんか!

脇さんほど有名なかたが、私と同じことを言っている。それは安心感を与えてくれました。まるっきり見当違いのことを言っていたわけではないのだとわかり、ほっとしました。

その反面、私のホームページを、考察を、読んでおられた可能性はないのだろうか……とも思いました。

もしそうなら、参考サイトとして挙げて頂きたかったな……と思います。

今回、男装の女性のモチーフを用いて、指輪物語について語りました。しかし、トールキンの世界とオシァンが似ているとすれば、それはそのような個々のモチーフだけではなく、その底流に流れている物語感というか、そういうところに共通点を感じることもできると思います。

ベオウルフの影響が、トールキン世界に見られますね。それは、グレンデルとゴラム、ローハンの国やエドラスの館の描写が影響を受けている、というような個々のことだけではないように思われます。

トールキンはベオウルフが好きだった。

前編で、指輪物語が好きな人ならオシァンも好きになるでしょう、と書きました。ベオウルフ然りです。私も感じたし、脇さんも書いているように、ベオウルフ、オシァン、指輪物語は同じ系列といってよいでしょうか、そんな雰囲気を感じます。アイルランドのフィアンナ騎士団のフィンやオシーンではないのです。

フィリップ・プルマンは、トールキンを批判したそうですが(彼はC.S.ルイスも批判していますが……)、ベオウルフもオシァンも指輪物語も、不思議な魔法要素やロマンス的なものは少なく(オシァンには男性を慕う女性が多くいますが、恋愛が主点ではなく、淡々と話が進む中によりいっそう女性の美しさが際立っていると思います)、風の吹く荒野のような力強い味わい、そこに魅力が感じられる向きもあるのではないでしょうか。恋愛や人間成長を見て苦しみや喜びに生きるひとりの人物を描き切るのではなく、大きな時代の流れの中にある歴史のようなもの。

脇さんが、C.S.ルイスと同系列に例えたケルト神話の不思議な魔法要素や千一夜物語の「きらびやかさ」。そこと対極にあるとまでは、私は断定できませんが(ナルニア国物語全部読んでいない)、少なくとも、ルイスを除いたら、その意味はよく分かります。やはりベオウルフ、オシァン、トールキン世界は似ていると思ったからです

皆さんは『オシァン』を知っていますか?

ざっくり言いますと、スコットランドシェイマス・マクヴーリッヒ(ジェイムズ・マクファソン)という人が、古代の詩を集め発表したもの、でしょうか。

スコットランドはモールヴェンの国。その王であるフィンガルと、息子オシァン。勇壮な武人たち。彼らの周りで起こった数々の戦い、その武功や、男たちを慕う美しい娘たちを歌っています。

フィンガル王亡き後、オシァンは高齢まで生きたとされていますが、亡き息子のオスカルの許嫁マルヴィーナに語った一族の物語をマルヴィーナが後世に残した、とされているものがこの叙事詩というわけです。

オシァンの本 岩波文庫 元はゲール語で書かれたとされるものを、英訳して出版されたことがきっかけとなり、一大ブームを巻き起こしロマン主義に大きな影響を与えました。

ナポレオンもゲーテもたいへんに傾倒しました。メンデルスゾーンも影響を受けたものでしょうか? 「フィンガルの洞くつ」という曲を書いています。

今日は、トールキンアドヴェントの企画に参加させていただき、この記事を書いています。

しかし、オシァンを少しは読み返したものの、全部は読めません。過去の事ですので、思い違いありましたら、ご容赦の程お願い致します。詳しい内容につきましては、過去の、オシァンの読書感想をお読みください。

荒々しく吹きすさぶ風、青く閃く剣を携えた武者たち。盾の盛り上げ飾りを叩いては敵を追い詰め、また敗れ去ります。名誉を重んじ、歌に歌われることを望んで戦いに赴いてゆきます。彼らを慕う娘たちは、死して石積みの下に葬られた若者を思い涙にくれる。

この雰囲気、ロマンに満ちた叙事詩は、心を引き付けるものがありました。

指輪物語が好きなかたなら、きっと気に入って頂けると思います。ベオウルフにも似た雰囲気がありますね。「わびさび」とでもいうような無常感があるように感じました。ちょっと「荒城の月」の歌など思い出したりしています。

アイルランドにも、フィンと、オシーンの伝説があります。しかし、話も異なりますし雰囲気は全くちがいます。こちらは、ケルト神話の中のフィアンナ騎士団の話です。ローズマリ・サトクリフはこの神話を再話した『ケルト神話 黄金の騎士フィン・マックール』を書いています。

実は、マクファソンの『オシァン』には、偽作疑惑という議論が沸き起こった経緯があります。詳しいことはここでは省き、上記に挙げた過去の読書感想をご覧ください。

アイルランドにあるオシーン伝説を持ってきたのではないかという説は、フィアンナ騎士団の話が異なる様相を持っていることからして、無理があるような気もします。

ウィキペディアのオシァンの項 を見ると、かなりアイルランドのものを持ってきたという書き方をされていますね。かつてはここまで断定されてはいなかったようにも思いますが。

岩波文庫の、中村徳三郎氏のあとがきを読みますと、訳されたご本人ということ、時代が昔、ということで当たり前ですが、偽作説には反対の立場をとられています。真偽のほどはともかくとして、このあとがきだけでも読む価値ありです。とても美しい話がここに展開されていることが伝わってきます。

長いので、後編に分けます。

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