ゆきて帰りし道で

映画と、児童文学と、絵本 etc.

他ブログから引っ越してきました。 まだ体裁やリンクが不完全です。内部リンク切れしています。

ロビン・フッド

「ロビン・フッド」


2010年 アメリカ イギリス

原題 ROBIN HOOD

監督 リドリー・スコット





ラッセル・クロウ「ロビン・フッド」見てきました。

もうあんまり午後の時間枠がなくなってて、焦りました。

あんまり流行っていないのかなあ…。



以下、少しネタバレあります。



 



マリアン役のケイト・ブランシェット、きれい。

「ロード・オブ・ザ・リング」のガラドリエルのときも、とてもきれいだったけど、全然歳とってないみたい。。



本を読んで、森の中のロビン、というイメージはあるけど、今度の映画みたいに海の波とロビン、っていうイメージは意外だった。

少し時代をずらしているのですね。ノッティンガムの悪代官との対決も、控えめ。(ロビンとの直接対決はなかった?)

新しいストーリーになっていました。

高い位ではなくて、ヨーマンという立場ということも映画にでてきました。



(参考:HPの『ロビン・フッドのゆかいな冒険』の感想



このあいだ読んだ『ロビン=フッドの冒険』では、「ロックスリーのロビン」、って呼ばれてたような。

映画では「ロビン・ロングストライド」で、出あった騎士が「ロクスリー卿」ということになっていた。



リトル・ジョン、ウィル、アラン、タックと、おなじみのメンバーがでてきて嬉しかった。

アランはもっと優しい美男子じゃないと…?



でも風貌やなんかは伝説になったアランで、(もちろん映画は新しく時代や設定をつくってるわけだけど、)

もしもこの映画のロビンが真実だとした時、それが時代をへてるうちに、本で読んだようなエピソードになって、森の中でみんなが出会う、という伝説に育っていくという、逆の見方ができる。

だから、アランは、心やさしい吟遊詩人になり、リトル・ジョンとの出会い(さかさまカップの中の球のありか当て)は、川の上の棒試合になった、っていうのは無理かなあ?



そういえば、あとで考えてみたら、「お忍びの王」の主題もあった!

王の身分を隠してロビンに会いに行った獅子心王のモチーフ。

野営地で、本心を言ってくれる者を求めて兵の間を歩き回るだけの、小さなものになっていたけど。

(あのあと、なんでロビンたちは罰せられていたの?)



森の中にいる孤児たちの存在が、ロビンたちがアウトローになったときにいかされている。




南塚信吾さんの『義賊伝説』を読んだとき、

(参考:HPの『義賊伝説』の感想

歴史の転換期や大変動の時期には、




「義賊への関心が高まり、その再評価が進む」(あとがきより p.202)




とあったと思うけど、

ほんとうだ、今この時代にあって、ロビンの映画が出た。



強きを挫き弱きを助く、という単純な像は、本当のロビン伝説の姿じゃない、だろうし、映画でもそれだけじゃないだろう。

でも、今、時代はロビンたちの姿を求めているのかもしれない。


「ロビン=フッドの冒険」


ハワード=パイル 再話/中野好夫 訳

講談社(21世紀版 少年少女世界文学館2)




以前、岩波書店版の『ロビン・フッドのゆかいな冒険』を読みました。

(参考:HPの『ロビン・フッドのゆかいな冒険』の感想



それは、ハワード・パイルの絵がついていて、それがとても良かったのを覚えています。訳は村山知義さん、村山亜土さんでした。



今回、読んでいて、いわゆるおなじみのというかそういうエピソード、再び読んで思い出せたのは良かったのですが、以前読んだのと、ちょっと違うようなところも感じましたが、どうでしょう…



ちびのジョン(リトル・ジョン)と、ロビンが、ちょっとした行き違いで、わだかまっているようなところもあったような…? はっきりは覚えていませんが。

今回は、ロビンに、ちらっと疑いの気持ちがおこっただけで、すぐ思い直していました。


 



ノッチンガムの弓術大会でロブと名乗ったロビンが、ハンチンドン伯の娘マリアンに


「ロブ イン ザ フッド」(p.22)


と礼を言われています。注に


「ずきんのロブ」の意(p.22)


とあります。ロビン=フッドって、そういう意味だったんですね?!





(追記)

映画「ロビン・フッド」みました


「ゆびぬき小路の秘密」
ロビン・フッドの話題をしましたけれど、
ラッセル・クロウの新しい映画、「ロビン・フッド」なんですってね。

どんなんなんでしょう。楽しみです。
マリアンは、わ、ケイト・ブランシェット

映画関連のサイトみてたら、撮影は苛酷で、けが人もでたそうですが…。

 
日本公開は秋ぐらいだそうです。

「ゆびぬき小路の秘密」
小風さち 作/小野かおる 画
福音館書店



タイム・ファンタジーの佳編、見つけました!

これ、日本の人の作品なんですけど、
(日本の風土の中でもタイム・ファンタジーはもちろん書けるとは思います。でも)
話の舞台が日本でなく外国(イギリス)で、まるでイギリスのタイム・ファンタジーを読んでるみたいに楽しみました。

とても読みごたえのある分厚さと内容で、
何度も「ここはどういうことだったっけ…?」と読み返したりしながら進みました。

5つのボタンが、どこでどうなったか、わからなくなってきたり、相当、複雑。
よくこんな話の筋を考えついたなあ…と感心します。

ゆびぬき小路の古着屋さんの主人が「マダム・ダンカルフ」
って、なんかガンダルフに名前が似てるな、とか考えたり。
古い言い伝えの言葉…詩のような言葉も興味を引きます。

ロビン・フッドの物語なんかも、
はっきりこうと出てるわけではないけど、どこか絡みながら、話がすすむ。

物語の焦点はボタンと、ボタンの秘密であって、森の住人ではない。
でも、この話の色を言えと言われたら、やはり、かな。
そうして、考えてみると、ロビンの、ノッティンガムの森が広大だったころ…、その森と緑が、あちこちに見え隠れする。
ロビンのような義賊か、リンカーン・グリーンうぐいす緑の服を着た賊(p.244)か、
「緑のケンダル織りの服を着て」(p.365)
狩にでた人たちかもしれない、その姿は…。
長い時代の中、存在していた人たち。そして、まぼろしのいきもの。
 
そして、今、気づきました。
バートラムは、
「緑の指を持っている」(p.102)
と。
(『みどりのゆび』って、本もあります。みどりのゆびとは植物に対して特別な才能を持ってる人、っていうような意味だったと思うんだけど。)
そして、みどりのゆびを持ってるだけじゃなく、
「足の裏に根っこが生えてる」(同p.102)
んですって、バートラムは。グレッグが言っていました。

ここらあたりもなんか、バートラムと緑をつなげる秘密がありそう。
仕立て屋や「ボタン」と、バートラムは出あうべくして出あったのでしょう。
 
 
登場人物の中で、もちろん、主人公のバートラム仕立屋ロザムンド・ウェブスターの印象は強いけれど、
妙に心に残るのは、エイドリアン

エイドリアンが、はしごの上でみた、靴の先がわれた男はいったい誰…?
エイドリアン自身なのか、どうしてエイドリアンはあのあと、はしごも置いて、ホームレスの身になってしまったのか…。

教会でバートラムが見たのは夢? 
バートラム自身が過去の時代を過ごし、彼がエイドリアン自身ではないのか? なんてことも考えました。
でも、エイドリアンのみじめな生活は長かった。
その中には一言で言えぬ思いがあったはずで、まだ少年のバートラムが背負うのには大きすぎる。

自分を待っていたバートラムが、時間の中から抜け出た。
でも、考えたら、これ、ずっとぐるぐるまわってたかもしれない、って思ったら…。ちょっと考えたくないですね。

ひとつ、不思議に思ったこと。
少女だったロザムンドが、見えないはずのバートラムに向かって
「どいて!」(p.228)
と言ったのは…?



参考:タイムものの記事
『思い出のマーニー』


参考:HPの『ロビン・フッドのゆかいな冒険』の感想

昨日、「世界ふしぎ発見」みてたら、
ストーンヘンジのことなどでした。

ピクト人と言葉がでてきて、サトクリフ思い出していました。

さいごの1問で、グリーンマンがでてきたのでびっくりしました。
(参考:絵本『グリーンマン』

ロビン・フッドがグリーンマンだと、言っていましたね。
絵本の解説「グリーンマンの由来」で読んだことだったので、嬉しかった。

今日は、ここ、検索で、グリーンマンで検索してきてくれている人もいるみたいです。

もう一度、解説をみてみました。
やはり、イギリスではパブの看板でグリーンマンを見かける、と書かれています。

ロビン・フッドは前に書いたけど、「真夏の夜の夢」のパックもグリーンマンだと書かれていました。
(参考:シェイクスピアのパックじゃないけど、
『ジェイミー・オルークとなぞのプーカ』

(余談だけど、私は、公共広告機構ですか?エコのCMみたいなので、
パフュームとかいうグループが「くりかえす~♪」と歌うCMで
木に扮している人をみるとグリーンマンを思い出しちゃいます。(笑))




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