ゆきて帰りし道で

映画と、児童文学と、絵本 etc.

他ブログから引っ越してきました。 まだ体裁やリンクが不完全です。内部リンク切れしています。

「ロビン=フッドの冒険」


ハワード=パイル 再話/中野好夫 訳

講談社(21世紀版 少年少女世界文学館2)




以前、岩波書店版の『ロビン・フッドのゆかいな冒険』を読みました。

(参考:HPの『ロビン・フッドのゆかいな冒険』の感想



それは、ハワード・パイルの絵がついていて、それがとても良かったのを覚えています。訳は村山知義さん、村山亜土さんでした。



今回、読んでいて、いわゆるおなじみのというかそういうエピソード、再び読んで思い出せたのは良かったのですが、以前読んだのと、ちょっと違うようなところも感じましたが、どうでしょう…



ちびのジョン(リトル・ジョン)と、ロビンが、ちょっとした行き違いで、わだかまっているようなところもあったような…? はっきりは覚えていませんが。

今回は、ロビンに、ちらっと疑いの気持ちがおこっただけで、すぐ思い直していました。


 



ノッチンガムの弓術大会でロブと名乗ったロビンが、ハンチンドン伯の娘マリアンに


「ロブ イン ザ フッド」(p.22)


と礼を言われています。注に


「ずきんのロブ」の意(p.22)


とあります。ロビン=フッドって、そういう意味だったんですね?!





(追記)

映画「ロビン・フッド」みました


「絵本/物語るイラストレーション」
吉田新一 著
日本エディタースクール出版部



吉田新一さんが、いままで絵本・イラストレーションのことを書いたものを集めた本です。

クラシック絵本の項では、ビリービンのことは出てなかったように思ったけど、(参照:ビリービンの「うるわしのワシリーサ」感想
後の方の項目では、名前、出ていました!
ル・カインの項目で、彼が親近感をもっていた画家たちの中にも名前が見えました。

物語るイラストレーション、というタイトルは?

コールデコットが取り入れたという、
「絵で物語を巧みに説明する方法」(p.16)

の解説が面白かった。
ビアトリクス・ポターも、その系譜を受け継いでいる。

マザー・グースの絵本では、
『バイ・ベイビー・バンティング』コールデコットが元の唄にない絵を付け加えている場面で、
「センダックは、子どもが自分の着ているオーバーが元は生きていたことを知ってショックを受けている場面と解していますが、ショックを受けているのはむしろウサギのほうかもしれません、」(p.136-137)

と書いておられて、また他の解釈もあると書いておられる。

コールデコットのこの絵本は読んでいないんですけど、
この場面は確か、瀬田貞二さんの『幼い子の文学』だったかで見ていて、
私は、センダックのようには感じなかった。
瀬田さんの文章を読みながらだったからかもしれないけど、もっと微笑ましいような、おかしいような。
ウサギがこんにちは、と言っている様子には、
残酷やショックというより、ギャップ。オチのような面白さと思っていた。

でも、センダックはすごいんだなあと、吉田さんの解説から思いました。
『わたしたちもジャックもガイもみんなホームレス』の絵本は、
二つの童謡を融合させているんですって。
それを絵で表現している。
 
 
ポップアップや、フリップを開く、しかけ絵本についての項もあります。
今はやりのサブダとかは出てなかったけど、
いろんな仕掛け絵本がある。

 
アリスの挿絵についての項も、面白かった。
1999年発行なので、今出ていたら、アリスブームでもっとこの項目、興味ひいたかもしれないですね。

「きつねのルナール」
レオポルド・ショヴォー 編/山脇百合子 訳・絵
福音館書店



12世紀後半からフランスで、何人もの人たちによって書かれたという「狐物語」
ルナールという名前のきつねが主人公で、
悪賢いきつねが起こす騒動や、当時の風習が描かれた、「動物叙事詩」ということです。

悪賢いルナール。
でも愛嬌もあるな、と思っていると…。
狼イザングランの弟、プリモ、なんとかわいそうな…。

それと、ただ、だましたり、食べ物をとったりするだけでなくて、
宗教のこと、でてくるでしょう。
ひやひやしました。そういうこと、していいのかな、って。

でも一番初めに、ルナール狐の数編を書いたのが、
ピエール・ド・サン=クルーという、おそらくキリスト教のお坊さんで、
あとの枝編をかいたのも、お坊さんたちであったろうということで、
それだけ、生活と信仰が密接だったフランス(そして時代)が現れているんだろうと思いました。

また、山脇さんは上智大学卒だそうで、キリスト教のこと、お詳しいのだろうか?と
訳文みて、ときどき思いました。


おんどりの「唄一」(うたいち)(p.38)とか、
からすの「サブロー」(p.50)。
ルナールの家は、「まる穴屋敷」(p.56)。
あれっ、この言葉の感覚は…。{/ひらめき/}
瀬田貞二さんの訳文に似ている。

きわめつけは…。

「考えているひまもあらばこそでした。」(p.61)

という文章、「あらばこそ」って、「名馬キャリコ」のところで書いたです。
あれを思い出して、山脇さん、瀬田さんの影響とか受けてるのかな?って思いました。


おおかみのイザングランがしっぽを無くす、氷の池の顛末。
イザングランは氷でちぎれたわけじゃないけど、こういう話、民話でなかったっけ?
サブローが口からチーズを落とすところ。「イソップ寓話集」にもあったような。

福本直之さんによる、「解説―ルナールと『狐物語』の履歴書」にも、
「物語の原型やモデルが存在する」(p.241)
と書かれてて、イソップ物語も挙がっていました。
この解説、狐物語を理解するのに、とても良い案内になりそうです{/ピカピカ/}


「ヴァージニア・リー・バートン  『ちいさいおうち』の作者の素顔」
バーバラ・エルマン/宮城正枝 訳
岩波書店



『名馬キャリコ』『せいめいのれきし』の、バージニア・リー・バートンについて、こんな本があったので、読んでみました。
「『ちいさいおうち』日本語版50年記念」として、翻訳された本のようです。

『ちいさいおうち』も読んでない私だけど、これ、とっても読み応えのある本でした。
バートンの素顔がかいまみれる、素描や写真、家族のこと、デザインの活動や、ほかの人の作品につけた絵についてなどなど、盛りだくさん。

バートンは、ダンスもできるし、家族への愛情や配慮も深く、知人たちとのパーティでも魅力あふれています。また、地域のデザインの活動、そしてもちろん、絵本へ傾ける情熱と粘り強い研究の努力。
どれをとっても、すばらしい人だという感じをうけます。最初は、ちょっとできすぎて、しんどいな…と思う向きも感じつつ読んでいました。
『せいめいのれきし』のラストでも感じたような、未来へ暖かな希望を見ることができる人…。

でも、バージニアにもいろいろあったのです。母との複雑な関係もあったし。

「息子アリスは、母ジニーを「近代女性の模範」と呼ぶ。バートンは二人のやんちゃな(彼の言葉だが)息子を育て,男性優位を信じる男性と結婚し,二つのキャリアを追求した。現在のように時間を節約するための家電製品もない1930年代後半から40年代初めに,しかも職業を持つ女性などほとんどいなかった時代に,である。彼女は,彼の言葉をかりれば「ただただ驚異的」だった。」
(p.122)

ふーむ。バージニアと結婚したジョージ・デメトリアスはギリシア移民で、やはり美術家なんですが、
「家父長意識の強いギリシア男で、妻が稼ぎ手になることに敏感に反応した」
(p.88)
とあります。
もちろん、二人はひかれあっていたんです。才能も認め合ってたでしょう。
(この本を読む限り、男性優位を信じる…などと書かれている箇所以外の文面を読んでいると、そうとは思えないほど、ジョージは理解ありそうだし、パーティもあるし家族も楽しくすばらしく思えました。)
けどバージニアも、ただ特別に恵まれた立場にいたというわけではなかったんですね…。
それなのに、美術や、他の面、家族へのふるまいや人格でも、すばらしい魅力を発揮した。

この本のなかに載っている、フォリーコーブ・デザイナーズという、デザインの活動の中での作品でしょうか? 「時間たちのダンス」という絵というか、リノリウム原版から刷られたもの?が好きです。踊り子たちの絵が連続して輪になり時計のようになっていたと思います。(思い出しながら。)
バージニアの絵って、どこか繰り返しの要素があるんですね。
『ちいさいおうち』を挙げたところの説明に、楕円形が広がっていくことが書かれていました。
ほんとにそうだ。楕円というか、まるい曲線が続いていく。
『せいめいのれきし』でも木の枝とか、続き模様みたいな、そんな感じもしたかな、って思い出しています。
そしてまた、「ブランコの木」というモチーフは、いろいろな作品にあらわれているらしいです。

アン・マルコムソンという人の編の、『ロビンフッドの歌』
古い歌の旋律などが載っている本だろうか? その本の絵をバージニアが描いている。
これ、見たみたい!! とってもすばらしい絵。日本語版はでていないのかなあ。
出してほしい!

『名馬キャリコ』。これは、漫画というものを意識し、研究した、少し実験的な作品として紹介されている。
でもわたしは、自分なりだが、興味あることをここで発見した。

悪漢の名前は、「すごみやスチンカー」。スチンカーとは「臭い奴」という意味らしい。
以前、あれ?と思っていたのは、『指輪物語』でゴクリのことを、「Stinker」ってサムが表現していますよね?
あれ?似てる名前、って思っていました。瀬田さん訳ということもあるし。

そして今回、この本を読んで、このスチンカーは、(バートンの案ではスチンカーだったものの)
はじめはスリンカーと言う名前で出版された(1941年)ということを知りました。
(1950年に書き直した際に、スチンカーに戻して出版された。)
ということで、<スチンカー>は出版の事情とはいえ、<スリンカー>でもあったのです。

面白い。不思議な縁です。
だって、サムは「Slinker and Stinker」でしたっけ?「「こそつき」に「くさいの」」って言っていたんですよね。



(追記)
『ちいさいおうち』読みました


(追記2)
関連記事(参考:『ビュンビュンきしゃをぬく』


(追記3)
関連記事(参考:『雑誌「月刊MOE」2009年9月号 特集「ちいさいおうちとアメリカ黄金期の絵本」』


「ワンダ・ガアグ」
瀬田貞二
さ・え・ら書房(さ・え・ら伝記ライブラリー 24)



瀬田貞二さんの本です。

エリクソン、エンリケ王子、バスコ=ダ・ガマ、コロンブス、マジェラン、クック
がとりあげられています。

エリクソンというのは、レイフ・エリクソンのことで、「幸運のレイフ」と呼ばれた人。
「赤毛のエリク」のむすこ。

エリクがグリーンランドを見つけたことは、前に知ったとおり。
でも、レイフのことはちょっと違った。

ビヤルニというひとがアイスランドからグリーンランドに行こうとして違う土地を見たことを、レイフが聞き、興味を持って、その陸地を探しにいった、とある。

山室静さんの『バイキング王物語』では、レイフが、ノルウェーのオラーブ王のところから帰るおり、ヴィンランドを見つけたとあったと思ったけど…。
(参考:HPの『バイキング王物語』の感想

レイフの隊のチルキルがアイスランド語でいう、ことばづかい。

「そんなに遠くへいったわけでねえです。お知らせしたいことがありますだ。ブドウをどっさり見つけましただ。」
「ほんとか? おやじさん」
「もちろんほんとのことですだ。わしが生まれたところには、ブドウがたくさんありましたで」
(p.29)


なんか、瀬田さん訳の『指輪物語』のサムのことばづかいを思い出しました。
チルキルは、レイフを育ててくれて家族同様だと書かれていましたけれど、わからない言葉をつかったり(南方ゲルマン出身)、レイフの問いにアイスランド語で答えた、ということですから、レイフと違うことばづかいで書かれているのでしょうか?

その土地はビィンランド(ブドウの国)と名づけられました。アメリカではないかという説があります。


ポルトガルのエンリケ王子という人は、知らなかった。
厳しい顔をしたひとで、岬の館にこもり、船乗りを養成し、航海の礎を築いた。
王子は、生きているうちには、インド航路をひらくこともできず、借金ものこした。
でも、この人がいたから後には道が大きくひらけた。
次の文章がかっこいい。

「しかし、その人の仕事は、未知の海をおそれることなく、羅針盤によってどこへでも進むという新しい航海の源になった。生涯にたった三度、対岸の北アフリカへわたっただけのこの王子を、世界の人が「航海者ドン・エンリケ」とよぶようになったのは、けっして理由のないことではない。」
(p.92)


しかし、航海の道がひろがり、ポルトガルやスペインは、着いたその土地は領土にしてしまうんですね…。島の名前もスペイン語だったりするのは、そのせいだったのか…。

このあいだ、『1492年 海のかなたへの旅』というコロンブスの船にのった少年の目をとおして旅を描くという設定の物語を読んでいたので、コロンブスの第一回の航海のことは少しわかりやすかった。
(参考:HPの『1492年 海のかなたへの旅』データ

コロンブスの船もそうだし、そのころは、海にでるということは、たいへん勇気がいり不安なことだったのだろう。また、金やもうけに目がくらむこともある。
船員たちの間では、不満がつのったり、反乱もおきる。
壊血病もあった。
(参考:HPのバスコ・ダ・ガマや壊血病の話題の記述


キャプテン・クックは、船員の健康について研究したり心を配り、いやがる船員に麦芽汁を飲ませた。
すると壊血病にかかるものはいなくなった。

前にテレビで、中国の鄭和とかいう人の番組をみた。

バスコ・ダ・ガマの船などは、壊血病に苦しんだけど、鄭和の船では野菜(?)かなにか育てて、壊血病はなかった…みたいなこと、見た記憶ある。ダ・ガマより前の人…? すごい。

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