ゆきて帰りし道で

映画と、児童文学と、絵本 etc.

他ブログから引っ越してきました。 まだ体裁やリンクが不完全です。内部リンク切れしています。

浜田廣介

「こりすのおかあさん」
浜田廣介 作/いもとようこ 絵
金の星社



『ないた赤おに』いもとようこさんの絵本です。

あとがきにあたるところに、廣介の次女であり、浜田廣介記念館名誉館長の浜田留美さんがこう記しています。

「廣介は、大正十年の初めての童話集に「いない母さん」をのせています。
(中略) わたしは、若いころ、この話を読んで、善意の「ひろすけ童話」と違うのにおどろきました。」


『椋鳥の夢』の、「いない母さん」を読んだとき、私自身も、不思議な感じを抱きました。
いうことを聞かない坊やがいて、優しい母さんが言って聞かせてもだめです。
ある朝坊やが起きてみると母さんがいない。
帰ってこない不安はあるけど、はっきり帰ってこないとも書いていなかったような…。
そんな終わり方が、妙に印象に残りました。

のち、廣介がこの話を改作したのが、この「こりすのおかあさん」だそうです。

いもとようこさんの愛らしい絵がついて、かわいい絵本になりました。
どんぐりがたくさんつるしてある中で編み物をする、りすのお母さん。
この絵は、いもとさんの原画展でみたような気もする。

さるせんせいの話をきいて、心配し、緊張しながら急いで家にかえる、こりすの表情がかわいい。

「ひろすけ童話 椋鳥の夢」
浜田廣介 著/
日本図書センター



浜田廣介の本、レトロな外装にもひかれ、手にとりました。

「ないた赤おに」「りゅうの目のなみだ」と絵本は読みましたが、
童話集として読むのははじめてです。

ぱらぱらっと開いてみると、
クリスチャンとか、ユダヤの娘という文字が見えたので、あれっとびっくりして
読むことにしました。
読み終わって後書き(「自序」とあって、本当は初巻では巻頭にあったもの)
を見ると、それら2つのお話「二つの泉」「ユダヤの娘」はそれぞれ、ロシア童話と、アンデルセンの作のものの翻訳だそうです。
あとの20のお話は、浜田廣介の創作です。

廣介の次女の浜田留美さんが書いた解説で、廣介の生い立ちを読みました。
廣介の作品はお母さんへの思慕が現れているのがよくわかりました。

「呼子鳥」など、いもとようこさんの展覧会でたぶん、ちらっと内容は知ったかもしれない。
でも忘れていて、読んだら、泣けるほど胸にせまりました。

廣介の作品は、親子の情愛や、小さいもの、かくれたものへの暖かいまなざしであふれています。

「ドイツ・北欧の民話」
星野慎一・矢崎源九郎 共著
さ・え・ら書房



「世界民話の旅」シリーズの1です。
監修(責任編集委員)の中に、『ないた赤おに』の浜田廣介さんの名前がありました。
それから、著者の矢崎源九郎さん、名前を聞いたことがあると思っていたら、
ポール・アザールの『本・子ども・大人』の訳(共訳)されている人だった。
(参考:HPの『本・子ども・大人』の感想

民話だけでなく、北欧の神話も入っていて、
またドイツの伝説として「不死身の勇者(ニーベルンゲン物語)」が入っていたのがよかった。

あと、ドイツの民話の中で、「おばあさんのまごごろ」
これは、わたしはたしか、アンデルセンの童話として読んだお話と同じような話だった。
星野慎一さんは、解説の中で、
チリ地震津波の時半鐘を鳴らして知らせた東北のあるおじいさんを思い出したと書いていますが、
そういう人がいらしたのですね。私はアンデルセンで読んだとき、「稲むらの火」の話を思い出しました。
(参考:HPのアンデルセン童話全集3の感想

ノルウェーの民話では、「太陽の東、月の西」も入っていました。
(参考:HPの『ノルウェーの昔話』の感想


矢崎さんの解説の中には、エッダとサガのこともあった。

「勇士ボズワルとロルフ王」としてこの本に挙がっている、
「ロルフ・クラキのサガ」。
他にもボズワルのことがかかれているエッダやサガがあるそうですが、
「ボズワルがロルフ王のもとにむかえられるこのお話は、」(p.342)
とあるのは、「ロルフ・クラキのサガ」のこと、だろうか?
「イギリスにつたわる古い詩「ベーオウルフ」のなかのお話と、たいへん似ています。」(p.342)
とあった。
「勇士ボズワルとロルフ王」を読むと、ベーオウルフほど、深刻なお話ではなかったようだけど…。
(参考:HPの『ベオウルフ』の感想

「ラグナル・ロドブロクのサガ」からとったという、「ラグナルの竜たいじ」
には竜がでてきました。



(追記)
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なかなかアップできない。。
もっとちゃんと書きたいけど、あっさりにしておきます。。

「ないた赤おに」
浜田廣介 作/いもとようこ 絵
金の星社





浜田廣介『りゅうの目のなみだ』より先に、こちらを読みたいと思っていた。
このあいだ、新聞で俵万智さんがこの、ないた赤おにの絵本を紹介しているのをみて、やはり読みたくなった。

俵さんが紹介していたのは、偕成社のほうだった。
いもとようこさんの絵の(金の星社)のが気になっていたから、こちらをよんでみた。

『りゅうの目のなみだ』よりずっと泣ける…。目うるうるになりそう。
タイトルからして赤おにはでてくるのはわかってたけど
青おにがでてきて何をするのか、しらなかった。

赤おにが人間としたしくなりたくて…というところまではわかってた。
赤おにの気持ちに感情移入して、感動しようとしてたけど
この青おに…。うわ~~、青おに…。
この青おににショック受けてしまった。

日本の絵本、あまり今まで興味もなかったけど、いいですね~。
言葉のリズムもいいし。
浜田さんの絵本、またほかのも読みたくなった。
ほかのも、感動するかな?


(追記)
絵本「こりすのおかあさん」

「りゅうの目のなみだ」
浜田廣介 作/植田真 絵/集英社



「ひろすけ童話絵本」とあります。

この絵本を読んだのは、りゅうがでてくるというのもあるし、『ないた赤おに』という話、タイトルは有名だけど、ちゃんと読んだことがなくて
どんな話かはっきりしらなくて、前から読んでみたいと思っていたことから。
人におそれられきらわれるりゅうがでてきて、読んだら泣けてくるようなお話だと思って、『ないた赤おに』と似ているような気がした。
でも『ないた赤おに』が見当たらなかったし、まずこちらを読みました。
『ないた赤おに』後日読みました。

そうしたら、同じ浜田廣介さんの作でした。

最初は、龍がでてくるのだから、絵がらは、水墨画みたいな絵本だろうな…と思っていました。
(読んでみたら、南のほうの国とあるので東洋が舞台ではないかもしれないけれど…)

でも、この絵本の絵は、わりと、おしゃれなイラストレーション、ともいえるような絵がらでした。

時代も、昔ふうでなく、衣装も、無国籍というか。

話は、泣けるほど感動!というわけではなかった…。
(『ないた赤おに』のほうはどうでしょうか…?)
しかし、偏見をもたない「子ども」のまっすぐな気持ちが、つたわりますね。


「いっても いいかい。いっしょに いっても いいのかい。」
「いいとも。ぼくは、ね、おまえさんを いじめは しない。
また、だれか、いじめようと したっても、かばって あげる」
(本文より)



しかし、おもったのですけれど、
この話、最後の解決のしかたというか、それ、
ネズビットの『ドラゴンがいっぱい!』のなかにあった、「最後のドラゴン」
と思い出しました。

(参考:HPの『ドラゴンがいっぱい!』の感想

ネズビットのほうは、ナンセンス・コメディ、面白さ。
こちらは、心に訴えかけるような叙情性というか、真面目なしっとりしたものがありますので
タイプはぜんぜん違います。
でも、りゅうが最後にどうなるか、という、ことになると、なんだか似ていますね。
ネズビットのほうは、オチになっていて良いとしても、
『りゅうの目のなみだ』のほう、りゅうは、あれで、よろこんでいたようですが、
ほんとうにあれでよかったんでしょうか…?
ありのままのりゅうでいては結局ダメなんでしょうか…? ちょっとすっきりしないものも感じました。

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